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葛尾城(かつらおじょう)

                            2016. 3. 20鎌倉時代、坂城は御家人の薩摩氏が地頭だった。薩摩氏は鎌倉幕府が滅亡すると信州大将軍として京都より下向した村上信貞により攻め滅ばされた。村上氏はこの戦いの勝利により坂城地方へ移り住み、高井の井上氏や小県の海野氏らを牽制するために葛尾城を築城、または強化していったものと思われる。戦国期になると、天文17年(1548)の上田原の戦いや...

姫城

                            2016. 3. 20長野県埴科郡坂城町にある姫城は、この地を治めた村上氏の居城である葛尾城の出城として整備されたようだ。別日に撮影した葛尾城の遠望。和合城から見た葛尾城と姫城。こちらは、荒砥城から見た葛尾城、岩崎城、姫城の位置関係だ。麓にある坂城神社の右脇を抜けて行く。すると登山者専用の駐車場があるので、そこに車を置いていく。坂城神社の裏側に葛尾城...

菅原城

                            2018. 3. 13群馬県富岡市妙義町にある菅原城は、麓からの比高差は約 90 メートル、細長く伸びた尾根の先端にある中世の城です。馬の背中のような尾根を複数の「堀切」でたちわり、あるいは平坦に地ならしした「郭」をつくっています。これらは敵と戦う時の防御が考えられて配置され、一方で攻め込む敵に対しての攻撃も考えられているようです。菅原城は高田氏の城とい...

丹生城(にうじょう)

                            2016. 3. 13群馬県富岡市にある丹生城は、1425年足利持氏から地頭に任じられた岩松満長が築城したものと思われる。この岩松氏が先祖の新田氏を名乗ったと思われ、戦国中期の新田景純の時、この地で勢威を振るったが武田信玄の西上野侵攻により降伏、臣従して居を甲斐へと移したという。その後、丹生城は同じく武田に臣従している国峰城主の小幡氏に与えられ、国峰...

神成城

                            2016. 3. 13群馬県富岡市にある神成城は、国峯城主小幡氏の第二の支城であった宮崎城の詰め城として築かれたようです。宮崎城は西からの敵の侵入に対する守りを固める役割を果たしていた。争乱の時代の中で、西毛地区は武田氏や後北条氏の所領として変転しましたが、天正18年(1590)小田原征伐時に小幡氏は後北条方に付いたため豊臣秀吉配下の上杉景勝の軍勢に...