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川崎城

                             2016. 7. 3栃木県矢板市にある川崎城は、正治・建仁年間(1199~1204)頃に下野宇都宮氏の基礎を固めた宇都宮朝綱の孫にあたる塩谷(しおのや)朝業により築城された。室町期に入ると塩谷教綱は同じ宇都宮一族の武茂氏と確執を起こして、武茂氏出身で宇都宮宗家を継いだ持綱を殺害してしまう。しかしその教綱もすぐさま宇都宮宗家から誅され、その跡を宇都宮...

秋葉城

                            2016. 5. 1栃木県栃木市鍋山町にある秋葉城は不摩城とも呼ばれ、仁安二年(1167年)下野の豪族藤原秀郷の9代目・家綱の七男戸矢子(部屋子)七郎有綱が本城唐沢城の北の守りとして築城した。蓬莱山の天険を背にした階廊型の土塞と峰つづきを堀割で切り、又前方を流れる永野川東岸山麓に、支城・藤沢城を配していた。麓の根古屋には初代有綱が唐沢城に移った後、2...

滝尾山城

                            2016. 5. 1栃木県鹿沼市にある滝尾山城は、山麓にある下の城部分と山頂の上の城部分から形成され、下南摩城とも呼ばれている。下南摩の地は皆川氏家臣の高木規衡の所領だったが、主家と不和になったため佐野氏の支援を受け、家臣の赤見広孝を迎え入れ臣下する。赤見広孝は南摩氏を名乗り滝尾山の麓に居館を構え、孫の南摩秀村が天正4年(1576年)にこの城を築城したが、...

徳次郎城(とくじらじょう)

                            2016. 5. 1栃木県宇都宮市徳次郎町にある徳次郎城(とくじらじょう)は、後北条氏と手を結んで宇都宮侵攻を企てる日光山僧兵の動きを封じるために、戦国時代に宇都宮国綱の家臣であった新田徳次郎昌言によって築かれたと云われている平城である。国綱が改易となったのにともない、新田義定の時に廃城となったと考えられている。<wiki抜粋>お!こんな看板があるのか。...

雨乞山城(あまごやまじょう)

                            2016. 5. 1栃木県宇都宮市新里町にある雨乞山城は、宇都宮氏が後北条氏に備えた多気山城の僅か3km北に位置しており、関連性もありそうだが、詳しい事は分かっていないとの事だ。カーナビの導きにより近くまで来ると、「あれか~・・・」と思える山が見えてくる。さて、問題は車を置く場所と登り口だ。山の麓をウロチョロ探すと、前日にストリートビューで見た場所し...