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荒砥城 (あらとじょう)

                            2016. 3. 20


この地の豪族で村上氏の一族の山田氏の居城であった。村上氏の本城、葛尾城の支城としての役割を果たしていた。

天文22年(1553年)には武田信玄により葛尾城が落城すると、武田氏に従った屋代政国の替え地として、荒砥城を与えられ屋代城から移った。

天正10年(1582年)、武田氏が滅亡した後は、屋代秀正が上杉氏に従い海津城の副将として遇された。しかし主将の山浦景国(村上義清の息子)とはしっくり行かなかったようである。村上氏一族の中で最初に武田方に寝返った屋代氏は信頼されず、上杉景勝は稲荷山城を築いて監視していた。天正12年(1584年)4月1日、秀正は徳川氏に通じたため上杉景勝に攻められ、荒砥城に火を放ち、徳川の下へ出奔して旗本となる。荒砥城は以降、廃城となった。しかし屋代氏出奔後の領地の一部は景勝の人質となっていた真田信繁(幸村)の領地として与えられたとされている。(wiki抜粋)





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南東にある和合城から見た荒砥城。


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千曲川に架かる万葉橋から見た荒砥城。


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近づくと真田の六文銭がはためいていた。


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城山を車止めまで向かっていくと、駐車場がある。


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案内板を見ると、迷う事はないようだね。


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既にそこから見える眺望も素晴らしいね。


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さぁ、お金を払って入城だい。


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そのすぐ先を降りると、四の郭との事。


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この石積みは、本物なのかな?


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ここら辺が三の郭かな。


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この城の前に登った葛尾城がよく見えるね。


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いよいよ門が現れたぞ。


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ふぇ~、すっごいな~。綺麗すぎるくらいだ。


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櫓も見事だねぇ。


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というわけで、ここは二の郭で右の建物が兵舎だよん。


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先程の櫓兼展望台に登り、千曲市を見渡す。


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本郭側。


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東側。右の橋が先程渡ってきた万葉橋のようだ。


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こちら側が坂城町方面だけど・・・さて?どの位城があるか分かるかな?


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案内図にも載ってるね。


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ちょいと調べてみると、こんな感じだけど・・・まだあるかもね。


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麓だよん。


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兵舎の中には鳥瞰図もあったが、よく見るとこの荒砥城の上にも城がいくつかあるようだね。


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大河ドラマの風林火山は、ここでドラマロケがあったようだね。


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続いて、冠木門を潜って本郭へと向かう。


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あれ??さっきと同じ造りだぞぃ。ま、いっか。👈こればっかり


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はーい。ここが本郭だよん。


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右にある建物は兵舎だ。


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正面が館との事だよ。


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中は意外と質素だね。


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館の裏は展望台となっていた。


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長野盆地まで見渡せるね。


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真下には、現代の物置があり、ちょいとガッカリさ。


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東側ばかりを撮っていたので、西側の山もご覧あれ。


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門の上まで来て、本郭を見てみた。


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そして、坂城町側を見てみると・・・こりゃまたインスタ映えするような美しさだな。。しばし見惚れる。。


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帰りに梅の香りに誘われて、花を少々撮ってみたよ。

おしまい。



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