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川越城

                                2015. 9. 20


埼玉県川越市にある川越城は、近世以降の名で川越城、中世の頃は河越城と分けて表記される事が多い。

河越城は、室町期の古河公方と関東管領上杉氏の対立である享徳の乱の頃に、扇谷上杉の持朝が家宰である太田道真・道灌父子に築城させ自らが城主として納まったのが始まりとされる。

享徳の乱以降に続く長享の乱では、本家筋の山内上杉氏と庶家の扇谷上杉氏が対立した。その混乱に乗じて、後北条氏が台頭してきて扇谷上杉氏の所領を奪っていく。武蔵の国を席巻していく後北条氏に慌てた山内上杉氏・扇谷上杉氏・古河公方の三者は同盟を結び、後北条氏の拠点となってしまった河越城を大軍を持って包囲する。これにより西で武田氏・今川氏と戦っていた北条氏康は、絶体絶命の窮地に陥いったが信玄の計らいにより今川氏とも和議を結び、後顧の憂いなく河越に駆けつける事が出来た。

それでも、上杉同盟軍8万に対して後北条軍1万1千では衆寡敵せず、北条氏康は詫状を連発して降伏する旨を告げる。ただでさえ長陣に飽いて戦意を失っていた所に戦う素振りを見せない後北条軍。更に圧倒的な数の差に完全に上杉同盟軍は緩み切っていた。
それを察知した氏康は、兵士たちの鎧兜を脱がして身軽にし、子の刻(23時~1時頃)を見計らって一挙に夜襲を掛けた。完全に虚を突かれた形の上杉同盟軍は大混乱に陥り、そのまま体制を整えられぬまま大敗北を喫してしまう。この時に扇谷上杉の当主朝定が討死し扇谷上杉は滅亡。山内上杉の憲政は上州平井城まで敗走し、古河公方の足利晴氏も散々に破られ古河へ遁走した。
・・・これが日本三大奇襲に数えられる河越夜戦の概要である。

その後も後北条氏は、関東管領上杉憲政を追い詰めたが、憲政は越後に落ち延びて、ついにあのお方を覚醒させてしまうのであった。・・・これ以上は話が逸れすぎてしまうので止めておきます。。



1590年の秀吉の小田原征伐では、前田利家率いる北国軍に攻められ落城し、その後の徳川氏の関東入部に際し、重臣酒井重忠が1万石で封ぜられ川越藩の基礎を築いた。

その後の1639年に松平信綱が藩主になると、川越城の大幅な拡張整備を行い近世城郭の形態を築いたという。




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うーむ、かっこいいなー。河越夜戦。。その跡地を見てみたいな。そんな思いで川越へと訪れたのだけど・・・。小江戸と呼ばれるだけあって街中は観光客が多く、小さな駐車場はあっという間にいっぱいになってしまうので注意が必要だ。


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関東七名城に数えられる川越城は、初雁城や霧隠城の別名も持っているんだね。


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二ノ丸にあった御殿が消失してしまったので、1848年に藩主松平斉典が本丸に再建したという川越城本丸御殿。壮麗な大唐破風、霜除けの付いた玄関は当時のままで、近世御殿建築として貴重な遺構となっているとの事だ。


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江戸の大手が小田原ならば、搦め手は川越。と言われるだけあって、川越藩には江戸幕府の要職に就いた譜代大名が歴代藩主になったようだ。中でもこの御殿を築いた頃の川越藩は最大で、十七万石を有していたという。


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普段、土の城ばかり見ているから、慌ただしく見て回る。。


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瓦をよく見てみると、三つ葉葵が誇らしげだね。 ハハーッと跪く所なのかな。


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座敷の周りは、幅9尺の廊下が四方を囲っている。


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各場所に展示物があるのは、どこも一緒だね。


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ちょいとした迷路みたいになってる御殿内を奥へと進んで行く。


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ムムッ、これが現代の航空写真に載せた川越城の縄張りなんだね。


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一番奥の間に行ったら、何やら審議しているようだ。


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後ろから大きな団体が攻めてきたので、そそくさと退散して表へと出る。ここにも縄張り図があったけど、往時を偲ばせるものを見つけるのは大変なのかもしれないね。


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現在残る遺構をほとんど調べずに来てしまったので、主だった所だけ見て回ろうと思って、まずは有名な富士見櫓跡へと向かった。


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少し藪化した階段を昇っていくとすぐに頂上だ。


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本丸南側の小高い丘が城内で最も高い位置にあたり、この地に三層の富士見櫓があったとの事だ。川越城に天守は無く、ここが天守の代わりとなっていたようだ。


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櫓台にある御嶽神社と浅間神社。


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更に冨士見稲荷。


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櫓台を下から見上げた所。何がなんだか分からないね。


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次の場所に行く途中にあった案内板。英語や韓国語でも書かれている。


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川越城中ノ門堀跡。


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この他にも見どころはたくさんありそうだけど、時間が無くなったので退散することにした。


城の遺構は探せばもっとあると思うし、川越城七不思議なんてものにも興味が湧くね。今度来るときは、河越城にまつわるものでも調べてこようかな。。


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