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新田金山城

                                                 2015. 7. 5


 金山城は、文明元年(1469)に新田(岩松)家純の命により築城されました(『松陰私語』)。その後、岩松氏の重臣であった横瀬氏(後の由良氏)が下剋上により実質上の金山城主となり、全盛を築きました。越後上杉氏、甲斐武田氏、相模小田原北条氏など有力戦国大名の抗争の狭間にあった上野(こうずけ)で、金山城主由良氏は、上杉氏や小田原北条氏との従属関係を保ちながら生き残りを図りました。その間、金山城下は10数回もの攻撃を受けますが、金山城は一度も城の中枢にまで攻め込まれず、その堅固さを誇りました。ところが、天正12年(1584)金山城は小田原北条氏の謀略により直接支配下に入り、天正18年(1590)、豊臣秀吉の小田原北条氏討伐により廃城となりました。

パンフレットより抜粋。


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新田金山城は、群馬あたりだと太田金山城と言った方が通じる。これは、群馬のご当地カルタである上毛カルタにある「太田金山子育て呑龍」からくるものである。


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100名城に数えられる、この城へ行くのは、かなり上の方の西城に駐車場があるので、とても楽だ。


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西城の南側にある駐車場に車をとめて、少し登るともう城域だ。


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いきなり土塁付きの空堀が現れる。


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そこにある標柱に目をやると、字が薄いが「西城筋道城門」と書かれていた。


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更にそこから西へと向かう。


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見附出丸と案内板に書いてあるね。


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更に横から見てみたよ。土塁もはっきりと分かるね。


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更に西へと進むのだ。


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そこから見える景色も美しいね。


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すると堀切が現れたので、通り過ぎてから撮ってみた。


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堀切を横から見てみた。


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堀切に架かる土橋からの虎口がとてもカッコいいね。


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ここで、踵を返して駐車場の横の西城へと戻る。


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一番最初に撮った空堀の後ろにある土塁と手前にある土塁がずれてて、見事な食違い虎口になってるね。


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その横にあらら、毒キノコのテングタケが生えている。この城の守備兵なのかな?


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ここで西城も後にして、実城へとむかう。


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ここが入り口で、ドでかい案内看板も建っている。


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ゆる~やかな階段を昇って行く。


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横を見ると真っ赤かな毒キノコ・・・に見えるがこちらは、優れた食菌と言われるタマゴタケだね。


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ここは、旧通路の案内板がある。それにしても分かりやすい親切設計だね。


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その先は、堀切が見えるぞ。


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西矢倉台西堀切と案内されてるな。


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横から見てみたよ。


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更に、通り過ぎてから振り返って見てみた。


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その先に、また堀切が現れたよ。


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西矢倉台下堀切と書いてある。


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ここにも、毒のテングタケ兵が、守りを固めている。


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堀切下には桟道があるのだが、現在は老朽化のため通行禁止になっている。


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西矢倉台からの眺望を楽しむ。


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いよいよ、この城の特徴でもある、石垣が現れたよ。


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すっごいな。西洋の城みたいだよ。


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上を見ると超深い岩盤堀切だよ。


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更に別日に撮った写真。


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物見台下虎口。 通路を微妙に曲げて両脇の基壇状の石積みで先を見せないように工夫され、土橋を渡った敵はここで集中攻撃をされる仕組みになっている。


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通路下の竪堀部分に降りて土橋を撮ってみた。


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虎口を抜けて振り返って見ても、当然のことながら通路は見えない。


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虎口を抜けた通路は、その先で二手に分かれている。


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まっすぐ進むと、そのまま竪堀へと降りて行ってしまう。


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もう一方は、左の竪堀に架かる木橋を渡る事になる。


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木橋を渡ると二つの基壇状の石積みがあり、ここに門があったと言われている。そこを通り抜けると馬場下通路となり、真っ直ぐ行くと行き止まりとなって敵を惑わせる仕組みとなっている。


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続いて階段を昇って物見台に向かう。


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実は当日、外国人のカップルが、ずーっと展望台を占拠していて写真が撮れなかった。しかも男の方は寝そべってるという始末だ。なので、後日行った時の写真だ。


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そこからの眺めだ。因みに上杉謙信は、この物見の死角になる藤阿久に陣を張ったと言われている。


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続いて馬場郭へと向かう。ここは、大手虎口を守る兵が待機した場所だ。


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馬場郭から、その先の大堀切を覗いてみると、何やら石積みらしきものが見える。


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堀底から見てみた堀止めは石積みがあって、もう少し高かったみたいだね。


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堀切の下にある月の池は、城に訪れる者に水の豊富さを見せつけるものだそうだ。


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別日撮影。

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太田金山城として、あまりにも有名な大手虎口。高く積まれた石垣は敵を威圧して、城の威厳を示すものだそうだ。


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虎口を抜けると、道も緩やかに曲がって先が見えず、それでも進むと壁が立ちはだかり、先に進むべきか迷ってしまうような造りになっているんだね。


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大手虎口の右側の南上段曲輪にある建物は、武器庫兼兵の詰め所だったと言われている。


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更に上からの大手虎口。


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土塁を越えると視界が広がる。


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そこには、日ノ池と呼ばれる巨大な池があり、水の確保がされている。更にここには井戸も二か所ある事から、池は神事に井戸は生活用水にと使い分けていたのではないかと言われている。


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日の池を後にして上の曲輪へとむかう。


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すると三の丸が広がる。


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その奥には階段が見えて、上には神社が見える。


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階段の上は、新田義貞公を祀る新田神社が鎮座する本丸となっている。


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本丸の北下には腰曲輪があり、本丸裏馬場址の標柱が建っている。


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馬場に降りてから、ちょいと右に行くと石垣が残っている。


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更にその先は二の丸との堀切が現れる。


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この堀切から下へと続く道は搦め手となり、群馬こどもの国やキャンプ村方面へと続いているとの事だ。実は、それが北城(坂中城)で、北の守りとなっているのを後で知ったのだが、また別の話でしまーす。。


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本丸裏馬場を後にして先に進むと御台所曲輪となり、下の方に何枚かの腰郭も見える。


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更に進むと、見晴らしのよい南曲輪となって広々とした休憩所も完備されている。


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南曲輪から大手虎口を見た所。


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兵の詰め所を横から。


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南曲輪から南側を眺めてみると、山が三つ連なっている八王子山ノ砦が見える。ここは、また別の話で紹介しまーす。


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南曲輪を降りてみると下へと続く道があったので行ってみた。


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南木戸残存石垣なるものがあった。


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最後は本城大手口だけど、発掘調査中だった。



後日、元旦に初日の出を見に行った時の写真。
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南曲輪から日の出を待つ。


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かなりの人数が初日の出を待ってたけど、とても寒かったな。


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ついでに初詣と洒落こんだのだった。


おわり。




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