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赤堀城

                           2016. 7. 24




群馬県伊勢崎市赤堀今井町にある赤堀城は藤原秀郷の末裔の赤堀氏の居城で、赤堀下野守親綱の時に由良氏の幕下となり、その子影秀までは赤堀城に在城した。

その後、後北条氏幕下の小菅氏が在城したが、天正十八年(1590年)後北条氏の滅亡と共に赤堀城も廃城となった。赤堀城跡は赤堀氏の居城とされているが、赤堀氏の活動の記録は少なく不明な点が多い。    
                                                              「伊勢崎市教育委員会説明板」より。



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県道76号線沿いに見逃がしそうな案内板がある。


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案内に従い徒歩でこの細い道を北に向かう。


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そこを抜けると畑が広がり、ここが主郭となるようだ。奥に高い土塁が見える。


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主郭北側の土塁。


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その東端には五輪塔や説明板もある。


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縄張り図入り説明板も綺麗で読みやすくていいね。


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東側の土塁は草が無く登れそうなので、ちょいと失礼して・・・。


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登った所で振り返って見た北側の土塁。


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こちらは東側の土塁。


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土塁の外側の切岸。主郭との落差もあるね。


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土塁の北東隅部分から見た北側の土塁。


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土塁の北東側の外部分。


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主郭の中央部分。縄張り図を見ると本来、土塁は主郭を囲繞していたようだ。


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土塁を下りるときに見た喰い違い虎口部分。


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主郭北側の巨大な堀。行けそうだけど行けねぇ。


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堀を渡ってから主郭の喰い違い虎口を振り返ってみる。


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堀から見た北側土塁の高さ。


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さて、堀を挟んで北側の2郭は・・・超ド藪で遺構ずらじゃないぞ。


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かろうじて塀際を進めたので、そのまま北の道まで抜ける。


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道路の先も郭みたいだけど人家になっているので無理。道路を西に進みながら2郭に入ってみようと思ったけど、コチラから見ても取り付く島もない。


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西側を流れる粕川から赤堀城を見る。


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続いて最初の案内板のある県道76号線の南側に行ってみる。ここも郭だったようで本来は折れ入りの堀もある筈でそれらしき窪みはあるけど、これがそうだと断定は出来ないな。


と、そんなわけで真夏の城旅はたとえ平城でも素早いフットワークが大切なのでこれにて撤退する。。


で、、冬に再訪する機会があったので、そちらも軽く流します。


                           2019. 2. 17

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はい。主郭。


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北側の土塁。


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こちらは東側の土塁。もう登れないね。


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枡形虎口にも見えるな。


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北側の堀。


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喰い違い虎口をもう一度。


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北側の2郭は藪なしだけど何が何やら状態だった。


そんなわけでこれにて赤堀城を終えるけど、やっぱり平城こそ冬がいいのかもね。



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