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粟野城

                             2017. 3. 5



栃木県鹿沼市にある粟野城は南北朝時代に足利尊氏に従属していた平野将監範久により築城されたのが始まりとされる。

戦国期になると後北条方の佐野氏の家臣となっていた平野大膳久国がこの地を治めていたが、天正3年(1575)に皆川氏の家臣斎藤秀隆により城を攻め落とされると久国は佐野へと逃れた。

天正12年(1584)斎藤秀隆が皆川氏と共に後北条氏と戦っている隙をついて平野久国は城の奪還に成功する。しかし1588年(天正16年)に再び皆川氏によって奪い返され、この時の攻城戦で斎藤秀隆と平野久国は共に討死してしまったという。

その後、皆川氏は後北条氏に従ったため粟野城も後北条氏の勢力下になるが、秀吉における小田原征伐により皆川氏の居城皆川城と共に落城したようだ。


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駐車場を写した写真が無かったので別日に行った時の写真です。


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ちょいと登ると土塁の標柱が・・・。


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山は木が切られている感じだな。


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鳥居が出てきて上は忠霊塔がある平場となる。


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ここは屋敷跡のようだね。


と、ここで前回行かなかった左側の尾根筋を先に上げときたいと思います。



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山上方面をまったく同じアングルで撮ってるけど季節の違いがよく分かりますね。


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空堀の所を登る。


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上は堀切。


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向こう側にも竪堀状に続くがその後横堀となるようだ・・・けど御覧のようにド薮でした。


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細いが郭になってるね。


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郭先には椅子とテーブルが用意されているが誰も座らなくなって長い歳月が経過してそうだね。当時は眺めが良かったのだろう。。


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先程の堀切を郭から見下ろしてみた。


この後尾根上を進むが堀切らしきものは無かったので忠霊塔のところに説明を戻す。(実は更に西側にも遺構がいっぱいあったようだ。)



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忠霊塔の背後には石垣の標柱もあるが・・・この時期だとじぇんじぇん分かりまっせーん。


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更に上へと向かいます。


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オニの門?


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井戸もあるようだ。


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遊歩道はいい感じの谷戸部を登って行く。


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右を見上げると竪堀が落ちていた。


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その先で道が折り返すように進むがここに説明板があった。


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城の説明では無いのね。💦汗


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岩盤が剥き出しの所があった。


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平場が二段見える。上が本丸のようだぞ。


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登って来た所を見下ろすと両側から狙われるシステムのようだね。


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はい、上段に着いたぞ。


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ここが本丸。


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本丸全体図。この先に進めば三重堀切があったのだが・・・知らなかった。orz


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こちらは右側の尾根筋だけど後回し。。


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更に山頂を目指すと段郭があるぞ。


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道筋には石垣があるけど当時の物では無さそうだね。


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その辺りから本丸を見下ろしてみる。


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こんな感じの山道を進む。


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南側の山も派手に木を伐られているね。


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本丸から登って来た道を振り返る。意外とキツイ。


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頂上には口粟野防空監視哨の石柱が建ってた。


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これが監視哨だね。烏山城にもあったやつだ。


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更にさりげなく見張櫓の標柱がある。


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郭の端は綺麗になっててベンチもある。


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そこから郭の全体を振り返ってみる。


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その先も段違いで広い郭があるね。


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北側に延びる尾根は半面が木が刈られている。大雨が降っても大丈夫なのだろうか?


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南東へと向かう尾根。これから進むけど段郭が続いているようだね。


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と、先に進む前に振り返って見た郭内部。


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滑ると少々危険を感じるが補強されているので安心だ。


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とはいえ先端部から落ちるとケガだけでは済まなそうだぞ。


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ちょいと降りたところには烽火台の標柱が建っていた。


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本丸のちょい上の所まで来たぞ。


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尾根先を少し進むと・・・


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大きな堀切が現れた。


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更に先に進む。


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石灯篭が・・・。


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その先は岩盤が剥き出しの尾根先端部となり石塔が建っていた。


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そこからは九十九折に降りて行く。


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そこを降りると削平地となり女ニ城。


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更に下に降りるとまたぞろ広い郭となり五重塔が建っている。


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その郭内を振り返ってみる。


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どんどん先に進む。


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すると東側から子供たちの歓声が聞こえてきて何やらローラー滑り台らしき物も見えるぞ。


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この階段を駆け上がるとローラー滑り台のようだぞ。


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私は遊歩道から登って行く。なんと、模擬天守の入り口だった。


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その背後には矢倉の標柱が建ってる場所があった。


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その前の道を戻る感じで西に進むと同じような場所が現れ、ここも矢倉のようだ。


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そこから下に降りて軽く一周した感じになったので城旅を終えた。



文中でも書いた通り見逃したところもあったので機会があったら再訪したいと思う。


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