FC2ブログ

館林城

                              2016. 6. 19


群馬県館林市にある館林城は、城沼を自然の要害とした平城で、別名を「尾白城」という。

その形態は城沼を城の東側の外堀とし、この沼に突出する低台地を区切って本丸、二の丸、三の丸、八幡郭、南郭を置き、これを取り囲むように稲荷郭、外郭、惣曲輪を構え、更にその西方の台地に城下町を配置し、その全てを土塁と堀によって囲んでいた。

築城時期や築城者については、江戸時代になって書かれたものの中に「赤井照光」によって築かれたものとするものがあり、「狐の尾曳伝説」と相まって広く知られているが、実際には築城時期の記録は現在まで発見されていない。

現在確認されている館林城についての古文書は文明3年(1471)に上杉軍が赤井文六・文三の居城である立林(館林)城を攻略したという記録である。

その後、越後の上杉氏や甲斐の武田氏、小田原の北条氏による三つ巴の攻略の中で長尾氏や北条氏などが館林城を支配するようになった。

天正18年(1590)の徳川家康関東入封に伴って、徳川四天王の榊原康政が十万石で城主となり江戸時代を迎えると、館林は利根川を押さえる事が出来る東北方面への要所として、また、徳川綱吉が五代将軍になってからは、将軍を輩出した徳川宗家に関わる重要な地として、江戸幕府に位置付けられ、最後の城主秋元氏まで江戸幕府の重鎮を務めた七家の居城として栄えた。
                                                            <現地説明板より>

長い、説明が長すぎた。。

暑いので、さっさか行くべぇ。



DSC_3682.jpg
三の丸駐車場に車を置いてスタートだが、とにかく広い城域なのでどう回ればいいのか分からないな。


DSC_3683.jpg
まずは二の丸あたりの館林市役所へ


DSC_3684_20190629160647bc5.jpg
そうそう館林と言えば日本一暑い町を謳っているけど、今でもそーなのかな?


DSC_3685_20190629160648cdb.jpg
ここで一挙に三の丸西側の県道57号線へと移動する。そこには城跡の標柱があった。


DSC_3689_201906291606502ff.jpg
小径を北に歩くと三の丸の土塁と土塀が連なってる。


DSC_3692_201906291606412bf.jpg
小径はやがて土橋門へと辿り着く。


DSC_3694_20190629160642f0d.jpg
その先は小さな公園。


DSC_3696_2019062916094174f.jpg
これは歩いてきた小径だね。


DSC_3690_20190629160652e59.jpg
門前には説明板がある。


DSC_3697_20190629160942044.jpg
潜り戸が開いているので中へ入ってみる。


DSC_3701_201906291609452d5.jpg
中に入ると多くの人が清掃活動をしていた。


DSC_3702_20190629160947dbc.jpg
井戸跡。


DSC_3703_20190629160948f83.jpg
土橋門を中側から見たところ。


DSC_3704.jpg
土塁と土塀。


DSC_3706_20190629160951837.jpg
全体を見るとこんな感じだ。


DSC_3711.jpg

DSC_3712.jpg
そのまま中を散策する。


DSC_3713_20190629161152811.jpg

DSC_3714_20190629161153ccb.jpg
どうもお疲れ様です。


DSC_3722.jpg
ここで東へと進み本丸北側の道を歩く。とにかく広い公園だねぇ。


DSC_3723_20190629161617b77.jpg
なんか大きな施設があるね。


DSC_3724_20190629161619a69.jpg
向井千秋記念こども科学館か。そういえば館林だったね。


DSC_3725_20190629161620855.jpg
更に先に進む。


DSC_3726.jpg

DSC_3727_201906291616231f4.jpg
科学館の裏手を回ると本丸の土塁と八幡宮があるみたいだけど後回しにしようか。


DSC_3730_201906291616255a6.jpg
まだ道なりに行くと今度は田山花袋文学記念館とある。上毛かるたの読み札にある「誇る文豪田山花袋」で群馬県民なら誰でも名前を知っている・・・けど・・・名前だけ・・だね。そーいえば、余談だけど埼玉の鉢形城にも田山花袋の句碑があったな・・はて?どういう繋がりだろう?


DSC_3731_20190629161613211.jpg
お!周辺マップがある。これは有難いね。


DSC_3733.jpg
下に降りて行けるようなので降りてみる・・この辺りは稲荷郭となるようだ。


DSC_3734_2019062916195773a.jpg
突き当りは城沼だ。


DSC_3740.jpg
続いて尾曳橋の南側へと進む。


DSC_3746.jpg
城沼に注ぎ込む鶴生田川。


DSC_3747_20190629162201bcc.jpg
お、下には何やら綺麗な花が咲き乱れているな。


DSC_3748.jpg
館林花菖蒲園というのだそうだ。


DSC_3754.jpg
花を愛するわけでは無いけど綺麗だな。。


DSC_3761.jpg
館林はつつじ公園もあるから花好きな人には充分楽しめるね。


DSC_3797.jpg
次は秋元別邸を散策だ。


DSC_3799.jpg

DSC_3801.jpg
中もチラ見。


DSC_3803.jpg
こちらは秋元神社。


DSC_3808_20190629163217c5d.jpg
おー、そーだった。城を巡ってるのだったワ。


DSC_3810_20190629163220942.jpg
ん?あれは土塁かな?


DSC_3811.jpg

DSC_3812_20190629163509ab5.jpg
こちらは八幡宮だ。


DSC_3816_20190629163513294.jpg

DSC_3817_201906291635152c9.jpg
やっぱり土塁だな。


DSC_3820_20190629163516956.jpg
広い本丸・・・は、つつじが岡第二公園。


DSC_3827_20190629164003bc0.jpg

DSC_3829_20190629164005381.jpg
お、あったあった館林城溝状遺構。


DSC_3830_2019062916400633b.jpg
溝状遺構は池へと繋がっていた。


DSC_3832_20190629164008e82.jpg
再び本丸側へ。土塁もいい感じだ。この先は館林城夢広場となるようだ。


DSC_3836_201906291640091d4.jpg
土塁は北へと向かうが石垣の先は本丸三重櫓跡だったらしい。(後で知った)


DSC_3839_20190629163957c55.jpg
そうたそうだ。見忘れてた所があったと思い最初に歩いた県道57号線に戻る。途中の市役所北側にあった千貫門跡の石碑。


DSC_3914.jpg
県道57号線に戻り、ちょうど土橋門とは逆側に進む。すると田中正造記念館があった。足尾鉱毒事件で明治天皇に直訴した方だね。


DSC_3916.jpg
そのすぐ近くには武家屋敷の武鷹館の長屋門がある。


DSC_3919_20190630151136bd8.jpg
こちらは別の入り口の屋敷門だ。


DSC_3920.jpg
案内図を見るとこんな感じだ。


DSC_3921.jpg
田中正造記念館の前の道を更に進んで行くと、綺麗な長屋門があるね。


DSC_3924.jpg
鷹匠町長屋門とあるけど・・・?


DSC_3926.jpg
反対側からも見てこれにて城旅を終えたのであった。

平城散策は暑さも伴って、いやはや疲れたのなんのだった。







スポンサーサイト



コメント

非公開コメント