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烏山城(からすやまじょう)

                            
                            2016. 4. 24



栃木県那須烏山市にある烏山城は、応永24年(1417)に那須氏一族の沢村五郎資重により築城されたと言われています。以後、600年余り、幾多の変遷を重ねながら、歴代烏山藩主の居城として威容を誇りました。

城は、中心市街地の北西に位置する独立状の丘陵の頂上部を中心に築かれている連郭式の山城です。東西約350m、南北約600mの範囲に通称、五城三郭(古本丸・本丸・中城・西城・北城・常盤曲輪・若狭曲輪・大野曲輪)が築かれ、万治2年(1659)、時の烏山藩主堀親昌により、城の東山麓に新たな藩主の居館(通称三の丸)が築かれました。

また、本丸や常盤曲輪などの重要部分には石垣が築かれています。本城は本格的な石垣を持つ城として東日本では珍しく、貴重な城と言えます。<現地説明板より>

と、いう事で、かなり広大な城という事だね。


当日は、ツイッターのフォロワーさん(初顔合わせ)たちとの訪城と相成ったのだった。。

藪への突入っぷりは、恐るべし連中で、とても楽しい城攻めだった・・・だが、しかし、当日山の中が暗かったせいか、写真がほぼピンボケになってしまっていた。なので、別日に訪城した時の写真で説明していきまーす。。


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烏山高校の南側から入って行く。


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すると、右側に石垣が現れる。


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東側にある虎口から侵入してみると


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館跡と云われている広大な三の丸が広がっている。・・・と、ここまでが、2016.4.24の写真だ。


ここからは、2017.1.3の写真となっています。


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寿亀山神社の階段下には、説明板や案内板が並んでいて、そこから七曲り口へと向かう事に。


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縄張り図を見ると、かなりの広さのようだね。


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七曲りは、こんな感じで九十九折になっている。


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その終わりころに出てくる分岐。


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この分岐を左に折れて、城の南側にある筑紫山の方へと向かう。気の遠くなるような階段を昇って行く。


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す、すると・・・これは・・・。ラッパ型の防空監視哨。たしか、同じ栃木の粟野城にもあったやつだ。


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監視哨とは敵機の飛来をいち早く偵知、発見し、戦闘準備を行うとともに、灯火管制等の防護準備をさせるための対空監視施設です。太平洋戦争時の昭和16年防空監視態隊令の施工を受け設置されましたとの事。つまり戦争遺産という事だね。


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そんでもってこの筑紫山は、807年征夷大将軍坂上田村麻呂が東征の際に神祠を建立して名付けた山だそうです。

城としても南側の物見郭みたいな感じだね。

それにしても、色々な時代が圧縮されていて厳かな気持ちになるなぁ。


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さて、再び分岐まで戻り城へと向かう。


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すると、すぐさま現れる堀切。案内板には車橋と書いてある。木橋でも架かっていたのだろうか?


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更に登って行くと、これまた見事な石垣が現れたぞ。


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その先はT字路の分岐となるので、城跡方面の左に進む。


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すると、ここには吹貫門の案内があるね。


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どんどん進む。


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今度は正門の跡だ。


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両側には石垣の跡があるね。


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門を抜けたところ。枡形なんだろうね。


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突き当りを覗くと・・・深~い横堀が見える。


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そんなわけで、ここが本丸だ。


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もう一回、西下の横堀を覗いてみる。ホント深い~ね。


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本丸内部を北に進んで行く。


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すると説明板が出てきて、本丸(二の丸)と書いてある・・・ここは那須氏時代は二の丸だったのだ。


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その先は曲輪を分かつ堀切。


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西側。


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東側。


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北側の曲輪。


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はい、そんなわけで、ここが古本丸ね。ここは、享禄年間(1528~1531)の火災により建物が焼け、その後再建されずに本丸(二の丸)に主郭が移ったと云われているようだ。


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西側下の堀切と横堀が合流する部分を古本丸から見下ろしてみた。


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古本丸北側の堀切。


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西側。


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東側。


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更に北側の曲輪に向かう。


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振り返って見た先程の堀切。


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ここは少し藪化した縦に細長い中城となる。


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北の端から堀切に降りる。因みに堀切の北側は北城となっているようだが、すでにド藪が見えているね。


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西側を見る。


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東側を見る。こちら側を下に向かって降りていくと十二曲となるようだ。


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堀切を西側へと進んで北城の西堀を見てみる。やはり藪だね。


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そこから西を見てみると急な下りとなっていて、右先の曲輪は大野曲輪と呼ばれている。


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下った所に降りて北側を見てみると見事な横堀で、先程の横堀と合わせると二段堀と言った感じになるね。


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ここで上の段に戻り、堀底を南側に進む。つまり中城の西側の堀という事だね。


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この時期でも藪っぽいね。


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堀は曲がりながら進んでいる。


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やがて堀は、真っ直ぐと西下への分岐となる。


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なので、西下へと向かう。


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右側が土塁になっているのが分かるだろうか。。


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堀が直角に近く曲がって土塁が高くなったときに土塁を登ってみる。


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土塁の先は・・・横堀が走っているんだね。二重堀みたいな感じだね。


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堀底に降りて北側を見てみる。


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こちらは南側。


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次の曲輪から見た横堀。う、美しいね。


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その曲輪の内部にも堀があるぞ。


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ここで、一挙に分岐の所まで戻る。


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そこから東上の切岸を見てみる。とても登れそうもないね。なので古本丸と本丸の間の堀切から降りてみようと迂回しながら堀切へと向かう。


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がむしゃらに進んで、古本丸の西側の堀辺りにある土塁部分まで来てみた。先程下から見上げた部分だと思う。ここは土塁と言っても広いので、ちょっとした曲輪のようだね。


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そこから見た古本丸。


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堀底部分を南の本丸方面に進む。


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簡単に歩けそうだけど、振り返って見ると大変さが分かると思う。


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更に進んで行く。


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この辺りから堀は深くなっていくイメージだ。


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東側を見ると古本丸と本丸の堀切となる。


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再び堀底を南に進む。それにしても堀幅が凄いあるね。


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堀底を歩くのはしんどいので土塁部分に登り、そこから本丸北西隅を見てみた。


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堀底を見るとこんな感じだ。


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本丸の中央部分。


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そんでもって、本丸の南西隅部分だ。


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ここで再び古本丸と本丸の間の堀切まで戻る。この辺りはよく見ると階段状に段々になってるね。


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これは土橋部分だ。


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そこを通り過ぎて東側へと向かう。


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通路が出て来たので、今度は北に進路をとる。


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降りて来た堀切を振り返ってみる。


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古本丸の東下部分を北へ向かう。


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古本丸の東下には厩跡の案内板があるが、ご覧のようなド藪で眺めるだけにしておく。(;^ω^)


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古本丸と中城の間の堀切が見える辺りに・・・。


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桜門跡があり、礎石もきちんと残っているみたいだね。


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その先は十二曲並びに北城との堀切方面に向かってしまうので、来た道を戻りながら本丸東側方面に向かう。


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何度もお世話になっている本丸と古本丸の堀切を横目に見ながら南に進む。


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すると、本丸東下部分に塩倉跡があるね。


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その先は・・・最初の石垣が現れた辺りの分岐になったので、これにて城旅を終える事にした。と言っても、これ程回っても全ての遺構に行けたわけでは無いことを付け加えておこう。。


そして・・・似たような写真があまりにもあり過ぎて、間違った説明や写真の掲載があるかもしれない事も付け足さなくてはならないのだ・・・スミマセン。(T_T)




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