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山名城

                            2016. 1. 10群馬県高崎市にある山名城は、烏川と鏑川に挟まれた片岡丘陵の東南端付近に位置する山城である。城郭構造は天正時代の囲郭式の様相を残し、戦国時代に改修されたことを示している。この地域は山名氏の由来たる多胡郡山名郷に比定されており、この城も山名義範が築いて山名氏の代々の居城であったとする伝承(源義家の孫、新田義重の子義範はこの山名城に拠...

小松姫

小松姫といえば、戦国無双で稲姫として出てくるので戦国マニアならみなさんご存知の筈。 小松姫は、「家康に 過ぎたるものふたつあり 唐のかしらに 本多平八」と云われる程の猛将本多平八郎忠勝の長女として生まれた。更に本多家といえば、忠勝の父・忠高、叔父の忠真、祖父の忠豊がいずれも合戦の最中に討死するなど武門の家系でもあった。 ふむふむ。これは血筋からして夫婦喧嘩は絶対に出来ない相手だな。。 とはい...

国峰城

                            2016. 1. 10築城年代は詳らかではないが延応2年(1240年)頃、この地を治める小幡氏により築かれたものと思われる。戦国初期に小幡氏は関東管領上杉家の重臣となっていたが、天文15年(1546年)河越夜戦で上杉氏が後北条氏に敗北を喫してしまうと、後北条氏に降伏、臣下する事となる。後に武田氏が西上野に侵攻してくると武田に従属し、その後の武田の主だ...

横尾八幡(よこおはちまん)城

                            2015. 11. 1群馬県中之条町にある横尾八幡城は、大永年間(1521~1528)に尻高三河守によって築城されたようだ。後にこの地に進出した真田昌幸は八幡城に富沢豊前守を配置した。天正10年(1582年)武田氏が信長によって滅亡に追い込まれ、僅か三ヵ月後にその信長も家臣の明智光秀によって討たれてしまうと、信長が統治し始めたばかりの旧武田領も時を待たずして上杉氏...

郷原城

                            2015. 11. 1岩櫃城の南西に位置する岩櫃城の支城のひとつである郷原城。更にその西側には織田・徳川連合軍の圧迫を受け故郷を追われる武田勝頼公を迎えようとした古谷館(潜龍院跡)がある。まずは、岩櫃山の南側にある専用駐車場からスタートする。それにしても空気の澄んだいい日だ。天下の名山岩櫃山も青空の中に映えているね。真田三代も眺めた山だと思うと喜びも...

嵩山(たけやま)城。

                            2015. 12. 27築城年は不明。1563年に武田の上州先方衆である真田幸綱らが岩櫃城を襲撃し落城させた。城主の斎藤憲広・憲宗父子は堪らず越後の上杉謙信を頼って落ち延びた。しかし末子の城虎丸(じょうこまる)は、この地に踏みとどまり近くの嵩山城に籠城、岩櫃城奪還を目指して虎視眈々と機会を窺っていた。二年後に越後から支援を受け体制を整えた兄憲宗が2千騎...

稲荷城

                            2015. 12. 27築城年は定かではないが源平合戦の頃、吾妻氏によって築かれたと伝わる。15世紀初頭岩櫃城主の斎藤氏が五男に稲荷城を任せ、五男は大野氏と名を改めこの地を治める事になる。後に勢力を増した大野氏は本家を凌ぐ程になり居を岩櫃城へと移し斎藤氏を配下に置く。しかし、大野氏は返り咲きを狙う斎藤氏により虚を突かれ滅ぼされてしまった。そしてその斎藤氏...