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鎌原城(かんばら)

                         2015. 11. 29 鎌原城は、吾妻川に断崖をめぐらす要害で岩櫃城、羽根尾城との攻防戦は、加沢記によって知られています。応永4(1397)年の築城と伝えられており、元和元(1615)年徳川幕府の「一国一城令」による破却まで、鎌原氏の居城として、戦国の歴史を秘めています。 南北400メートル、幅150メートルの城域があり、本丸・二の丸・三の丸・東曲輪・笹曲輪の五郭に分かれ、...

松代城

                         2015. 11. 22  戦国期には武田晴信(信玄)が北信濃侵攻を目指し、北信濃の豪族たちの為にそれを阻止しようと越後の長尾景虎(謙信)も南下する。 1560年、武田晴信は川中島地域を掌握する為に千曲川河畔に海津城を築城して、城代に武田四天王の一人である高坂弾正(春日虎綱)を入れて守らせた。海津城は、5度にも及ぶ川中島を舞台にした上杉vs武田の重要拠点と...

真田氏館

                            2015. 11. 22  東の山に真田氏本城や天白城、西の山には戸石城がある中間的な台地部分に築かれて、真田幸綱(幸隆)公によるものか嫡男信綱公による築城かは定かではないが、真田氏の平時の屋敷であったのは確かなようだ。その後、昌幸公が上田城を築くまで、ここで政務を執っていたものと言われている。真田氏館の東側にある真田氏歴史館。毎週火曜が休館日だそうだ...

真田氏本城

                            2015. 11. 22真田氏本城と言っても、確定しているわけではないそうで、城の縄張りとしても籠城戦としての防御は不向きとの事だ。ウモ先生のブログを拝見すると、細長い真田盆地を見渡せる事から戦闘指揮所だったのではないかと仰られている。・・・なるほど。駆け出しの私には、さっぱり分からない。とにかく、真田にまつわるお城という事だけは、たしかなようだね。。...