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多気山城(たげさんじょう)

                            2016. 2. 16多気山城は栃木県宇都宮市の北西郊外にあり、多気城(たげじょう)とも呼ばれている。中世の頃に宇都宮城の支城として築かれたようで、戦国期の終わり頃になると宇都宮氏は小田原北条氏の進出に備え、堅固で大規模な山城に整備し、軍事的な本拠地にしたと云われている。現在、この城跡には、御殿平と呼ばれる多気山の頂上を中心に、多くの堀・土塁や曲輪と...

西方城

                         2016. 2. 7栃木県栃木市西方町にある西方城は、鶴ヶ岡城とも呼ばれ宇都宮氏の一族であった西方氏の山城だ。戦国時代には宇都宮氏の最前線の軍事拠点として重要視されたとの事。深い堀や高い城壁によって防御するとともに、通路を屈曲、複雑化し、城内に侵入してきた敵を多方面から攻撃できるようにしていて堅固さと技巧性を併せ持った縄張りとなっている。(曲輪の名称は便宜...

赤壁城

                            2016. 2. 7栃木県栃木市にある赤壁城は真名子城とも呼ばれ、宇都宮元網の築城と云われている。戦国時代には皆川氏の最前線として指呼の距離の宇都宮氏の西方城と対峙していた。山頂に主郭を置き、尾根筋には曲輪や堀切を配置し、南西に伸びる尾根の先端には巨大な二重堀切を設けている。西側麓には根小屋という地名が残っているが、これは城に付属する人々の居住地と考...

同慶寺

                                2016. 9. 25宇都宮城の東に位置する飛山城。更にその東北東700mの所にある瑞龍山養徳院同慶寺。永仁年間(鎌倉時代)に芳賀高俊が建立したとされる臨済宗の寺で、境内には14基の五輪塔や宝篋印塔からなる芳賀氏累代の墓がある。ここには、堀や土塁そして井戸などが遺っており、城館として機能していたようで、飛山城の支城または高俊が飛山城を築城する...

飛山城

                            2015. 10. 18飛山城は、1293年に宇都宮氏の家臣芳賀高俊により築かれたのが始まりで、豊臣秀吉の宇都宮仕置きにおける不要な城の破却命令により、打ち壊しになるまで、300年もの間、芳賀氏の重要拠点として機能してきた。 芳賀氏は飛山城に居する間は清原氏を名乗ったと言われており、この清原姓が後の宇都宮市東部の地名『清原』となったと考えられているが、...