FC2ブログ

粟野城

                             2017. 3. 5栃木県鹿沼市にある粟野城は南北朝時代に足利尊氏に従属していた平野将監範久により築城されたのが始まりとされる。戦国期になると後北条方の佐野氏の家臣となっていた平野大膳久国がこの地を治めていたが、天正3年(1575)に皆川氏の家臣斎藤秀隆により城を攻め落とされると久国は佐野へと逃れた。天正12年(1584)斎藤秀隆が皆川氏と共に後北条氏と戦っ...

勝山城

                              2016. 7. 3栃木県さくら市にある勝山城は、宇都宮氏の一族である氏家公頼が建久年間(1190~1190)に築城したのが始まりとされる。しかし、南北朝時代(1336~1392)、氏家綱元の時に家系が途絶えてしまった為、同じ宇都宮一族の芳賀高清が飛山城から移り住んで、それからは芳賀氏の城となった。慶長2年(1597)、主家の宇都宮国綱が秀吉によ...

喜連川城

                              2016. 7. 3栃木県さくら市喜連川にある喜連川城は大蔵ヶ崎城や倉ヶ崎城とも呼ばれ平安時代末期、塩谷五郎惟広により築城された。惟広を始祖とする喜連川塩谷氏の血筋は4代で絶えたものの、同族の藤姓塩谷氏から養子を迎え入れ、塩谷氏の支配は合計17代400年に及んだ。戦国時代に入ると、塩谷氏は同族の宇都宮氏から離反と帰参を繰り返し、また一族の内紛などもあり...

川崎城

                             2016. 7. 3栃木県矢板市にある川崎城は、正治・建仁年間(1199~1204)頃に下野宇都宮氏の基礎を固めた宇都宮朝綱の孫にあたる塩谷(しおのや)朝業により築城された。室町期に入ると塩谷教綱は同じ宇都宮一族の武茂氏と確執を起こして、武茂氏出身で宇都宮宗家を継いだ持綱を殺害してしまう。しかしその教綱もすぐさま宇都宮宗家から誅され、その跡を宇都宮...

秋葉城

                            2016. 5. 1栃木県栃木市鍋山町にある秋葉城は不摩城とも呼ばれ、仁安二年(1167年)下野の豪族藤原秀郷の9代目・家綱の七男戸矢子(部屋子)七郎有綱が本城唐沢城の北の守りとして築城した。蓬莱山の天険を背にした階廊型の土塞と峰つづきを堀割で切り、又前方を流れる永野川東岸山麓に、支城・藤沢城を配していた。麓の根古屋には初代有綱が唐沢城に移った後、2...