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栃木城

                             2016. 8. 14栃木県栃木市にある栃木城は、応永元年(1394)皆川紀伊守秀光が築いたと云われているが詳らかではない。くだって天正19年(1591)、皆川山城守広照が皆川城に代わるものとしてこの地に城を築きました。その後、慶長14年(1609)広照が家康の怒りに触れた為、取り壊されてしまい、堀の跡や土塁の一部が城内という地名と共に残るだけとな...

桜町陣屋

                              2016. 8. 14栃木県真岡市にある桜町陣屋は、二宮尊徳(金次郎)が活躍した場として知られています。文政6年(1823)、二宮尊徳は小田原藩主大久保忠真の命により、疲弊していた桜町領を復興するために、相模の国栢山村(神奈川県小田原市)からやってきました。尊徳はこの地で報徳仕法と呼ばれる独自の農村経営法と思想哲学を編み出し、26年もの間、ここを...

真岡城 (もおかじょう)

                             2016. 8. 14栃木県真岡市にある真岡城は芳賀城とも呼ばれ宇都宮氏との縁戚関係にある芳賀氏(清原氏)の居城である。築城は、貞治元年(1362)15代高貞説、天文元年(1532)21代高経説、天正5年(1577)23代高継説などがあるが、高貞が御前城から移転築城し、高継が後北条氏の侵攻に備えて堅固な城郭に改築したと考える説が有力である。廃城は、宇都宮家...

上三川城(かみのかわじょう)

                             2016. 8. 14栃木県河内郡上三川町にある上三川城は建長元年(1249)、宇都宮氏の一族である横田越中守頼業が築いた城で、以来、慶長2年(1597)に芳賀高武に攻められて落城するまで、348年間続いた城です。現在では本丸を残すのみですが、元は東西4~500m、南北1000mの範囲に土手を巡らせた郭がいくつも並んだ広大で堅固な構えを見せた城でし...

鷲城

                             2016. 8. 14康暦2年(1380)から永徳元年(1382)にかけて小山氏10代の義政は、3次にわたって関東公方(足利将軍家の分家)足利氏満の軍勢と戦いました。「小山義政の乱」この乱の原因は、勢力を拡大した小山義政を抑圧しようとする氏満の策謀があったとされ、その指令を受けた関東各地の武士たちが小山に攻め寄せました。最初の蜂起で館(神鳥谷の曲輪か...