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天幕城(てんばくじょう)

                           2016. 7. 24群馬県伊勢崎市磯町にある天幕城は、南北400m、東西120mの自然地形を利用した城で、西側は蕨沢川が流れ北と東側は蕨沢川の旧河道の低地で城外と隔てられている。本丸の北、西面には今も高さ4m程の土居を残している。本丸を中心とした部分に腰曲輪、水の手曲輪、堀切、矢払い等の軍事的な構造が顕著に見られる並郭城で、戦国時代の赤城南麓諸城の特徴を良く...

赤堀城

                           2016. 7. 24群馬県伊勢崎市赤堀今井町にある赤堀城は藤原秀郷の末裔の赤堀氏の居城で、赤堀下野守親綱の時に由良氏の幕下となり、その子影秀までは赤堀城に在城した。その後、後北条氏幕下の小菅氏が在城したが、天正十八年(1590年)後北条氏の滅亡と共に赤堀城も廃城となった。赤堀城跡は赤堀氏の居城とされているが、赤堀氏の活動の記録は少なく不明な点が多い。...

久永氏陣屋跡

                              2016. 7. 26群馬県伊勢崎市東小保方町にある久永氏陣屋跡は、久永源兵衛重勝の領地支配のために設けられた陣屋跡で、久永氏はこの地の他に埼玉や茨城にも領地が点在する禄高3,200石の徳川家の旗本でした。東小保方村の領地は石高が1,182石あり、陣屋は東西75m南北120mの大きさで堀や土塁が構えられていたが、堀はその後拡張されて池となってしまい、現在で...

蒼海城(おうみじょう)

                             2016. 6. 26染谷川とその支流牛池沢との間に縦横の堀を配した城で、総社長尾氏の本拠である。この城の縦横列郭構造は、築城以前に既設の構えのあったことを暗示し、幻の上野国府を戦国城郭に編成したのがこの城ではあるまいか。上野国分寺・国分尼寺跡・山王廃王寺跡・上野国総社などが付近に集中するこのあたりに国府があり、上野守護代であった長尾氏が国府跡を本...

前橋城

                            2016. 6. 26前橋は古くは厩橋(まやばし)と称し東山道の群馬の駅(うまや)が近く、それが地名の起こりであるという。厩橋城が築かれたのは15世紀のこと、初代城主は箕輪城主長野氏の一族前橋長野左衛門尉方業(さえもんのじょうまさなり)とされている。以後長野氏らの厩橋衆が拠っていたが、天文21年(1552)小田原北条氏の勢力が上州に及び、永禄3年(15...