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菅原城

                            2018. 3. 13群馬県富岡市妙義町にある菅原城は、麓からの比高差は約 90 メートル、細長く伸びた尾根の先端にある中世の城です。馬の背中のような尾根を複数の「堀切」でたちわり、あるいは平坦に地ならしした「郭」をつくっています。これらは敵と戦う時の防御が考えられて配置され、一方で攻め込む敵に対しての攻撃も考えられているようです。菅原城は高田氏の城とい...

丹生城(にうじょう)

                            2016. 3. 13群馬県富岡市にある丹生城は、1425年足利持氏から地頭に任じられた岩松満長が築城したものと思われる。この岩松氏が先祖の新田氏を名乗ったと思われ、戦国中期の新田景純の時、この地で勢威を振るったが武田信玄の西上野侵攻により降伏、臣従して居を甲斐へと移したという。その後、丹生城は同じく武田に臣従している国峰城主の小幡氏に与えられ、国峰...

神成城

                            2016. 3. 13群馬県富岡市にある神成城は、国峯城主小幡氏の第二の支城であった宮崎城の詰め城として築かれたようです。宮崎城は西からの敵の侵入に対する守りを固める役割を果たしていた。争乱の時代の中で、西毛地区は武田氏や後北条氏の所領として変転しましたが、天正18年(1590)小田原征伐時に小幡氏は後北条方に付いたため豊臣秀吉配下の上杉景勝の軍勢に...

白倉城(麻場城と仁井屋城)

                            2016. 1. 10群馬県甘楽町にある麻場城は、戦国時代のこの地の豪族白倉氏の居城であり、東方約500mに存在する仁井屋城と併せて「白倉城(しらくらじょう)」と呼ばれ、典型的な別城一郭(双子城)であると言われている。当城は、戦国時代初期の築城とされ、豊臣秀吉の小田原征伐(1590)に、前田利家を総大将とする東山道軍に攻め落とされるまで約370年間の活躍があ...

山名根小屋城

                            2016. 1. 10根小屋城は群馬県高崎市山名町にあり、烏川と鏑川に挟まれた丘陵帯のうち、北方向に張り出した丘陵の先端に位置する山城である。標高は180mほどで南北に280m、東西250mに広がる。また南の尾根続きの南東丘陵部には山名城が存在する。築城は永禄11年(1568年)または同13年(1570年)とされる。永禄11年(1568年)に甲斐国の武田信玄が駿河国・今川氏の領国...