FC2ブログ

笹洞城(ささほらじょう)

                            2016. 3. 20長野県上田市にある笹洞城。天文年間(1532~1555)頃、この地を領有していた室賀氏により築城されたものと思われる。室賀氏は村上氏の勢力が増してくると、それに従っていたが、その村上氏が武田氏により信濃の地を追われると、武田氏に臣従することになる。天正10年(1582)武田家が滅亡し、織田信長が横死した事により勃発した天正壬午の...

荒砥城 (あらとじょう)

                            2016. 3. 20この地の豪族で村上氏の一族の山田氏の居城であった。村上氏の本城、葛尾城の支城としての役割を果たしていた。天文22年(1553年)には武田信玄により葛尾城が落城すると、武田氏に従った屋代政国の替え地として、荒砥城を与えられ屋代城から移った。天正10年(1582年)、武田氏が滅亡した後は、屋代秀正が上杉氏に従い海津城の副将として遇された。しかし...

岩崎城

                                2016. 3. 20岩崎城は葛尾城の西尾根下にあり、村上義清を追い落とした武田晴信により、西側の備えとして整備されたとも云われている。葛尾城の主郭南側の堀切まで戻る。その堀切を西側へと降りる。案内板には磯部方面降り口と書いてあるね。それにしても、人が通ってなさげだな。かろうじて分かるくらいだ。しかし、虎ロープがあるので迷わないけどね。コース...

葛尾城(かつらおじょう)

                            2016. 3. 20鎌倉時代、坂城は御家人の薩摩氏が地頭だった。薩摩氏は鎌倉幕府が滅亡すると信州大将軍として京都より下向した村上信貞により攻め滅ばされた。村上氏はこの戦いの勝利により坂城地方へ移り住み、高井の井上氏や小県の海野氏らを牽制するために葛尾城を築城、または強化していったものと思われる。戦国期になると、天文17年(1548)の上田原の戦いや...

姫城

                            2016. 3. 20長野県埴科郡坂城町にある姫城は、この地を治めた村上氏の居城である葛尾城の出城として整備されたようだ。別日に撮影した葛尾城の遠望。和合城から見た葛尾城と姫城。こちらは、荒砥城から見た葛尾城、岩崎城、姫城の位置関係だ。麓にある坂城神社の右脇を抜けて行く。すると登山者専用の駐車場があるので、そこに車を置いていく。坂城神社の裏側に葛尾城...