小幡陣屋

                            2015.8.231615年織田信長の次男信雄は、大和宇陀藩3万石と上野甘楽郡2万石を与えられ、後に信雄の四男・信良が小幡藩を立藩する。この時、信雄自身は大和に入っている。七代藩主信邦の時に山県大弐の明和事件に連座して蟄居処分となり、信邦の後を継いだ養嗣子・信浮は出羽高畠藩へ移された。代わりに上野上里見藩より若年寄の松平忠恒が2万石で入る。そして4代目の...

後閑城

                             2015.8.23後閑城の歴史は不明な点も多いが、依田氏が15世紀頃に築城したと伝わる。その後新田景純が城を攻略して後閑氏を名乗るようになったという。後閑氏は早い時期から武田信玄に服属して先方衆として活躍していたようだ。武田滅亡後は兄弟が分かれて主を変えた為に両後閑と呼ばれた時期もあったが、最終的に後北条氏に従い小田原征伐と共に時代の幕を閉じたとい...

桐生城

                                2015.8.8 桐生城は柄杓山城とも言われ、室町初期に藤原姓足利系佐野氏一族の桐生国綱によって築かれた。 戦国期には、上杉氏や後北条氏に従いつつも、新田金山城の由良氏と抗争を繰り広げた。 桐生助綱が死去し、佐野昌綱の子親綱が桐生氏の養子として後を継ぐ。 しかし、佐野からの付家老が専横に振舞った為に桐生譜代の家臣団との間に...

高崎城

                             2015.8.16 高崎城は、和田城を大改修して近世城郭として築城された。和田城の歴史は古く平安末期に遡る。この地を治めた豪族の和田氏は戦国期には関東管領上杉氏に従っていたが反旗を翻し武田信玄に付いた。その為に上杉勢から度々攻められたが、よく耐え凌いだという。 武田氏が滅ぶと後北条氏に従い、小田原征伐により運命を共にした。和田城もその時...

反町館

                         2015.8.9 反町館は鎌倉時代から室町時代前期に築造され新田義貞の居館だった言われ、平成12年に新田荘遺跡として国史跡に指定されている。 戦国期には新田金山城の支城として機能し、館を本丸としてそれを中心に水堀を三重に巡らす程の城郭にまで拡張されたとの事だ。しかし現在では本丸堀を遺し他の堀は埋められてしまったようだ。 と、簡単に説明するとこんな感じだけ...