女淵城(おなぶちじょう)

女淵城        2015.7.25女淵城は赤城山南麓にあり、群馬では数少ない水の城として知られる。戦国期には、この地方では当たり前の後北条氏と上杉氏の激しい城の取り合いが繰り返された。そして有名なのが・・・沼田城を築いた沼田顕泰の子の平八郎景義(内紛により沼田を追われる)が新田金山城の由良氏(この時、後北条氏に属する)による支援を受け、この城の城代となる。後に由良氏の援助のもとに旧領復帰を目指し、軍勢...

山上城

山上城     2015.7.25(二本立て)山上城は山上氏の居城で、12世紀後半に築城されたのが始まりとされる。(諸説あり)戦国期には関東管領上杉氏に属していたが、後北条氏が台頭してくると城主の山上道及も下野に逃れたという。その後も山上城は戦乱の渦中に翻弄され続け、後北条、上杉、武田、後北条と目まぐるしく支配者を変えていった。これまた、暑い最中やってきました山上城。どうせ公園でしょ、標柱でも撮れればいい...

唐沢山城

唐沢山城    2015.7.19平将門の乱を鎮圧した佐野氏のご先祖の藤原秀郷が940年頃に築城したのが最初と言われているが、最近の研究では15世紀後半頃ではないかと言われている。 戦国期には15代当主の佐野昌綱が10度にも及ぶ上杉謙信の攻撃を持ち堪えて、その堅城ぶりに関東一の山城と賞賛された。そんな名城を真夏のくそ暑い中、攻めてみたのだった。。唐沢山を登り切ったところにある広い駐車場に車をとめて、枡形虎口を抜...

膳城

膳城           2015.7.11                                         (再訪ありの二本立て) 赤城山南面にある膳城と言えば、膳城の素肌攻めが有名なのだ。 上杉謙信卒去後に勃発した景勝と景虎(北条氏政末弟)による跡目相続争いの御館ノ乱。 当初、甲相同盟により景虎支援のもとに動いた武田勝頼だったが、最終的に景勝を支援するようになる。 御館ノ...

新田金山城

新田金山城       2015. 7. 5 金山城は、文明元年(1469)に新田(岩松)家純の命により築城されました(『松陰私語』)。その後、岩松氏の重臣であった横瀬氏(後の由良氏)が下剋上により実質上の金山城主となり、全盛を築きました。越後上杉氏、甲斐武田氏、相模小田原北条氏など有力戦国大名の抗争の狭間にあった上野(こうずけ)で、金山城主由良氏は、上杉氏や小田原北条氏との従属関係を保ちながら生き残りを図り...