小山城(祇園城)

                                2015. 10. 18小山城は祇園城とも呼ばれ、平安後期に藤原秀郷の後裔である小山氏によって築かれたのが始まりとされている。小山城は中久喜城、鷲城とならび、鎌倉時代に下野国守護を務めた小山氏の主要な居城であった。当初は鷲城の支城であったが、南北朝時代に小山泰朝が居城として以来、小山氏代々の本城となった。室町時代前期にかけて起こった小山義政の乱...

五覧田(ごらんだ)城

                                2015. 10. 4南麓の関守には50mの崖上に方20mの単郭があり、ここに関所が設けられ、この関所を防備する城として五覧田城が築かれた。後北条氏は、この城に阿久沢氏など在地土豪を配置した。天正二年(1574)三月に上杉謙信は、この城を攻略する。しかし、同年九月に北条方の由良国繁が五覧田根小屋を攻め落とし、立て籠っていた沼田衆300人を討ち取ってい...

深沢城

                                2015. 10. 4群馬県桐生市黒保根町にある深沢城は、永禄年間(1558~1570)頃に阿久沢氏により築城された。1574年越山した謙信が赤城南麓の諸城を攻め落とすと、この深沢城にも詰め寄り城ごと押さえた。関東へ進撃する為に厩橋城方面以外の赤城北面から桐生へと抜ける根利道を確保する為だ。上杉軍が兵を退いた後は、太田金山城の由良氏と抗争を繰り返しつつも...

両崖山(りょうがいさん)城

                                2015. 9. 27栃木県足利市にある両崖山城は足利城とも呼ばれ、藤原秀郷の流れを汲む成行が足利太夫と称して1054年頃に築城したのが始まりとされる。その後120年程藤姓足利氏は続いたが、源姓足利氏の台頭、一族との確執、更には源平合戦の折に平氏側に付いた為、10代忠綱の時に滅亡した。戦国期になると、関東管領山内上杉の家臣である長尾氏が足利荘の代官と...

川越城

                                2015. 9. 20埼玉県川越市にある川越城は、近世以降の名で川越城、中世の頃は河越城と分けて表記される事が多い。河越城は、室町期の古河公方と関東管領上杉氏の対立である享徳の乱の頃に、扇谷上杉の持朝が家宰である太田道真・道灌父子に築城させ自らが城主として納まったのが始まりとされる。享徳の乱以降に続く長享の乱では、本家筋の山内上杉氏と庶家の扇...